14.リマを経てクスコへ
さっきから何もすることが無い。ここまで順調に来た行程はここに来て初めて狂いを生じた。昨夜はリマ市内で一泊。今朝再び空港に戻ってきたのだが、チェックインも済ませ後は飛び立つだけという段になって2時間遅れの表示が出た。

目的地のクスコは高地にある。リマはそうでも無いのだが、クスコは悪天候で飛行機が離陸できないそうだ。こういうことはよくあるらしい。

だが、それほど心配することも無かった。だいぶたってから出たお茶をすすりサンドイッチをかじっているうちにクスコからの飛行機も着陸し、ほぼ当初の表示どおり2時ょっとの遅れで飛び立った。全体行程にそれほど影響を及ぼすことは無さそうだ。ランペルー航空の飛行機は。高度を上げだんだん山地へと入っていった。クスコまであと少し。
飾り窓
石組の回廊を
15.クスコ市内へ
すでに空からも、印象的な赤茶けた屋根がひろがっているのが見えた。標高3350mに位置するクスコの街の人口は約40万人。世界に名をはせるあのインカ帝国の元首都。そして街全体が世界遺産。

空気が薄い。こんなに直接的に体感できるとは思ってなかった。すでに息苦しい感じだ。行く前に頭に入れてきた高山病の情報が頭をよぎる。今後に不安を感じた。

ホテルに荷物を置いて係員のフェリペさんと一緒に市内観光に繰り出した。フェリペさんは日系では無いのだが日本で5年ほど働いていたそうで日本語がうまい。ただ東大阪にいたそうで、ときどき関西弁が混じるのが御愛嬌だ。
太陽の神殿から見下ろした広場
16.太陽の神殿
ここにインカ帝国があった。そして、太陽の神殿(コリンカンチャ)は帝国の繁栄の象徴だった。当時の神殿は黄金で覆われていたという。スペイン人に征服されそこは教会へと姿を変えた。使われていた黄金はすべて溶かしてスペインに送られた。その量がどれほどのものだったかは、その後ヨーロッパで一時に金が流入しすぎインフレになったという記述で伺いしれる。

建物は西洋風の教会に姿を変えたが、その土台は数百年を経た今でも変わらず残っている。カミソリ一枚通さないと言われる精巧に組み合わされた石組みは数百年の時を経ても、当時と変わらない姿を残している。

インカの人々は常に自然とともにあり、自然を神聖なものとして崇めていた。神殿内には多数の部屋があり、それぞれ月、太陽、稲妻、虹、星など祭っていた。自然と深く通じた生き方は日本人のスタンスにも通じるものがある。

建物に惜しげも無く黄金が使われ、内部には清流が流れていたという。僕は眼を閉じて往時を思い起こそうとしていた。
インカの精巧な石組み
もともとあった飾り窓の上にスペイン人が絵を描いたらしい
手前と向こうの窓の高さは完全に同じ。水平器のようなものを使っていたらしい。
祭壇。四角なのはインカの4つの州を表すともいう。


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