1.シェーンブルン宮殿
  この日は月曜日で、ハイジは仕事。

朝起きて、今日は何をしようかと思ったが、そんなに小技を効かせられるほどウィーンがわかってるでもない。何はさておいても一番有名な、シェーンブルン宮殿を目指すことにした。意外に素直なのである。

シェーンブルン駅を降りた大半の人が宮殿を目指して、歩いていく。迷いようが無い。この日は快晴で、「ほどほどに晴れ男」健在だとほくそえむが、晴れれば良いことばかりでは無いことはそのうち明らかになる。

まずは宮殿内部の見学から。巨大な宮殿で、たくさんの部屋があり、全部が公開されている訳では無い。フランツ・ヨーゼフ帝関連の部屋は豪華な宮殿にあって、やたらと質素。このとき、まだオーストリア史をよく知らなかった僕としてはとても好感を持ったのだが、人間、ガンコ一徹が必ずしも良いことにはならないらしい。その頑迷さでハプスブルク数百年の歴史にトドメをさしたフランツ帝。僕にはこの人と乃木希典がどうもダブる。
3.初オペラ
  夜はハイジとオペラを見に行くことにしていた。実はハイジはオペラがかなり嫌いだった。理由は一言「退屈!」。もちろんオーストリア人がすべてオペラ好きであるはずも無く、クラシックの都であっても、時代はヒップホップやテクノなんである。ま、僕も歌舞伎は退屈なのでその感覚はよくわかる。

ただ、退屈な中でモーツァルトは例外だそうで、ここで観光記念にオペラでも見たいという、かる〜い気持ちの僕とやっとこさ利害が一致した。かくして今晩のフォルクス・オーパー「ドン・ジョバンニ」鑑賞となったわけである。

仕事帰りのハイジとは劇場のチケット売り場前で待ち合わせた。フォルクス・オーパーの外観は国立オペラ座に比べてモダンだと思ったが、中は堂々としたもので、すでに正装した人たちであふれていた。ハイジもすぐに見つかった。

着物を着た日本人女性が2人、周りの注目を浴びていた。もともとこの手の調子のりはあまり好きでは無いが、このときは何となくいい感じだと思った。ま、こういうのはその時々の判断ということ。

<オペラの記録は別記予定>

結局あまり動かない一日だった。余裕があると思っていた行程はこうやって自分で首を絞めながら、どんどんタイトになっていくのだった。

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2.晴れすぎると
  宮殿の後半は東洋趣味の部屋もいくつかあり、なかなか造詣が深かったようだ。もっとも僕には他の部屋とそれほど調和が取れてる気はしなかったのだが。

一通り宮殿を見た後は、広大な庭園に歩を進める。あまりに広すぎて迷子になりそうだ。一角にはパンダもいるちゃんとした動物園まである。

晴れの日の弊害が出てきたのはこのあたり。何しろ暑い。とても5月初旬とは思えない灼熱の太陽光が降り注ぐ。ネプチューンの泉からグロリエッテに登っていく道にはわき道があり、樹木が生い茂ってるので、そっちの方にそれてベンチを見つけて一休み。というか一度休むと再び歩く気力がわいてこない。おやじ完全にグロッキー状態である。ただ、このあたりは野生のリスが走り回ったりして、なかなか雰囲気が良い。ついつい長居する。


2004年5月3日(月)

3.日本庭園
  かなりだらだらとした時間を過ごし、おかげでだいぶ体力を回復した頃、いいかげん動くかと、再びグロリエッテを目指す。グロリエッテからの眺めはなかなか良かった。

グロリエッテで引き返し、庭園の外周をたどって入口を目指す。日本庭園があると聞いていたので、それも見ておこうという気だった。動物園(別料金)の入口近くにあった小さな日本庭園は、さして期待もしていなかったのだが、正直言って予想以上の出来だった。

長い間忘れられてたそうで、再公開したのは5年ぐらい前、ちゃんと日本の職人さんが入って造ったそうで、ネオ・ジャポニカみたいな東洋趣味ではなく、そのまま日本にあっても違和感の無い出来。エリアもはずれの方だし、ごく小さいものではあるが、日本人ならちょっと寄ってみるとうれしくなるかもしれない。

そんなわけで、宮殿を出たときには午後をだいぶ過ぎていた。これですっかりペースを乱してしまった。宮殿の後は市内に戻って少し観光するつもりだったのだが、そのままホテルに戻って昼寝モードに突入してしまった。目が覚めたらきっちり夕方である。
ネプチューンの泉側から
宮殿側から入口付近を望む
ベンチで一休み
グロリエッテから見た
日本庭園
宮殿付近の風景
噴水にいたカモ

ウィーン

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