1.プラハへ
  プラハ行きの日である。1泊2日を有効に使おうとプラハへのフライトは朝7時代。5時ごろチェックアウトして空港に向かった。フライトは懐かしいプロペラ機で。この界隈じゃばりばり現役らしい。

フライトは1時間弱。あっという間だ。降りてすぐプラハ空港のインフォメーションで宿を見つけ、空港バス(1BOXカーだが)で市内へ移動。降りたときの方角がわからず少し手間取ったが、まず、火薬塔を見つけて位置を特定。そのままいったんホテルに向かった。

プラハのホテルは高い。郊外のほうにいけばそうでも無いようだが、観光に便利な旧市街付近は数も不足してるようで、プラハの他の物価(食事代とか)と比べても高め。まだ共産主義から脱却してそんなに時間が経ってるわけでは無いが、世界的に有名な観光都市は別格ということらしい。
3.国立オペラ劇場で
  劇場は想像以上に立派な建物だった。国立オペラ劇場はウィーンで言うと国立オペラ座に対するフォルクス・オーパー的な位置づけ。フォルクス同様、演目も親しみやすいものが多い。

さっそく脇のチケット売り場に周る。窓口で聞いてみたら、チケットは確かにあった。おそらくはキャンセル分であろうぽつぽつと残っている席から、良い席をいくつか提示してくれた。

「どこがオススメ?」「う〜ん、あたしゃここが好きだねぇ」窓口のおばちゃんの意見に従い、あっさり決めた席はステージ真正面のボックス席前列。一連の行動は吉と出たようだ。大いに気を良くして、市内観光に戻る。火薬塔のある共和国広場に戻り、そこから旧市街広場に向けて歩き出す。

この日の天気は曇りがち。雨は降っていないので観光に支障は無いが、いくぶん気持ちも停滞ぎみか?

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2.今夜の予定
  行ってみるとホテルというよりペンション。対応も悪い。部屋はまずまずだったが、これで10000円ほど取られたのでちょっと高い。だがまぁ、こんなことはよくあることだ。荷物を置いて、街の散策に繰り出す、まずはやはり中心地旧市街広場か・・・?

ちょっと待て、もちろんそれでもいいんだが、今回の旅の目的の1つはオペラ。どうせ今夜もヒマなのだし、プラハにも由緒ある劇場がある。先にプレイガイドに行って今晩の演し物をチェック。プラハには有名なオペラ劇場が3つほどあるが、この日は運悪く一番格式の高い国民劇場の演し物が無く、クラシックコンサートも含めて、初心者にピンと来るのは国立オペラ劇場の「カルメン」のみ。「カルメン」なら曲もストーリーもかなりわかるし、昨年舞台となるスペインのセビージャにも行ってきたので、ポイントが高い。問題は、他の大多数の人も同じことを考えそうな中で、チケットがあるかどうかである。何しろ僕がこうやって演し物をチェックしてる間にも、観光客らしき風体の人たちが入れ代わり立ち代わり入ってきていたのだから。

窓口で聞いてみたが、案の定売り切れ。プラハではこういうちゃんとした演し物では無くて、ちょっとしたコンサートぐらいのやつなら毎日そこかしこでたくさんある。プレイガイドの中はその手のチラシであふれかえっていたので、そっちに切り替えようかと思った矢先、窓口の人が助け舟を出してくれた。「直接劇場に行ってみればあるかもよ」。劇場は新市街側にあるプラハ本駅の近くで、めざす旧市街とは反対方向なので、ちょっと迷ったが、そんなに遠いわけでもないので、ためしに行ってみることにした。

2004年5月4日(火)
4.カフカ
  旧市街の中心になるのは旧市街広場。旧市庁舎をはじめ由緒ある建物がこの広場に面して建っている。まずはお約束の市庁舎のてっぺんに登って展望を楽しんだ後、カフカの生家に行った。ユダヤ人街の入口に立つ建物の1階が(生まれたのは2階らしい)小さな博物館になっている。カフカは昔はまったことがあって、ここに行くことは当初から旅の目的の一つだったのだ。

あまり見るものは無かったので、流しているビデオなど見ながらしばし感慨にひたっていた。今のプラハはにぎやかでカフカの当時はおろか、共産主義のおもかげすらほとんど見られなくなっている。たぶんカフカが今の時代に生きていてもあの名作群は絶対に生まれてくることは無かっただろう。彼の作品の中には暗い生活環境、貧困、差別そんなものが生み出すさまざまな歪みが内包されていたし、それはとりもなおさず当時のプラハの街の姿であった。毎日重い雲がたれこめた世界。残念ながらこの日のプラハからはそんな部分は病的な要素はみじんも感じられなかったが、それが今のプラハということだ。街も変わる。

広場中央のヤン・フスの像のところで少し休んでから、カレル橋に向かう。カレル橋は名君カレル4世の命により造られたヴルタヴァ川にかかるプラハで最古の石橋であり、プラハ随一の観光名所である。

5.カレル橋〜プラハ城
  カレル橋は観光客であふれいていた。橋を見る以外にも大道芸人がいたりみやげ物屋があったりするので、単なる通過点では終わらない。

帰りにまた通るつもりだったので、ここでは一気に対岸に渡った。火薬塔からプラハ城までの一般的な観光ルートは「王の道」と言われており、王の戴冠パレードがあったところ。僕もおおよそこの道をたどって歩いている。

カレル橋から城までは登りの道が多い。今回の旅はオペラ鑑賞に備えて革靴。すでにかなり歩いていることもあり、この先はしばらく正念場が続く。

何とかプラハ城までたどりつく。微動だにしない衛兵の脇を通り抜け内側へ。


5.プラハ城
  カレル橋から天守閣のようにそびえていた塔は聖ヴィート大聖堂の塔。この塔の登りが予想以上にきつく、狭い階段で、後から来る人のプレッシャーもあって、疲れた体にはひどくこたえた。だが塔のてっぺんからはプラハの街が良く見えたので満足する。

旧王宮、黄金小路と見て周る。黄金小路にはカフカゆかりの家もあるのだが、疲れていたのと狭い通路に人があふれていたので、流し気味に見てしまった。戻ってもう一度ゆっくり見ようかと思っているうちに出口から押し出されてしまった。

高台からプラハの街の風景を見ながらゆっくり下っていく。カレル橋に戻った頃には風がずいぶん強くなっていた。盲目の大道芸人2人組がパフォーマンスをやろうとしていたが、風のせいでやりにくそうだった。天気は曇りの具合を強めているようだ。僕はそんな2人をしばらく見つめていた。

7.オペラ座へ
  宿に戻って、少し休憩。

その後オペラ座に繰り出す。新市街を歩いてる分には立派な西側都市だ。ネオンも輝いてるし、地下鉄なども整備されている。これだけの観光資源を持っているのだから今後この街はさらに発展する可能性が高いと思う。

<オペラ鑑賞記は別記予定>

ウィーンほどでは無いがプラハの街も治安は良いようだ。夜歩いていても特別危険を感じることは無い。ただ街灯の火は暗めで、その分ちょっと怖い感じがするのも確か。


プラハ名物の市電、重要な景観の一部
にぎやかなカレル橋の上で
手前は旧市庁舎、この先が旧市街広場
国立オペラ劇場、「カルメン」の看板が出ている
旧市庁舎のてっぺんから、塔はティーン教会のもの
カフカ博物館
カレル橋の上からプラハ城を臨む
聖ヴィート大聖堂、かなりでかい
盲目のアーティスト、風でやりづらそうだった
衛兵が移動中
プラハ城からカレル橋付近を見た

プラハ

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