1.「曇天」
  終わりよければ・・・っていう。最終日、早く目覚めた僕は何をするよりもまず空を見上げた。

「曇天」

ずしんと重い雲が垂れ込めていた。その瞬間、この日のスルジ山登山はなくなった。ここに至ってついに観念。紺碧のアドリア海とドブロヴニクの取り合わせは夢と消えた。

これぐら悪いとかえって諦めがつくというか・・・。「とりあえずゆっくり過ごそう。」

再び寝ることにした。

2.始める人、終わる人
  チェックアウトは10時。といいつつ商売熱心なここのおばちゃんは、さっそくターミナルで次の客をひっかけてきたようで、部屋をその客に見せたいと言ってきた。荷造りはほぼ完了していたので、助かったけど、なんとも強引。次回来ることがあったら、客引きの連中は使わない。

香港からきた女の子3人組。ちょっと話をしたが、昨日ザグレブに着いて、今朝ドブロヴニクまで来たそうだ。これから旅を始める人と終わる人。故郷から遠く離れた地ですれ違う。

荷物だけあずかってもらって、再び街に出た。

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5月6日
4.最後の食事
  ドブロヴニクでの、いやクロアチアでの最後の食事。やっとゴランおすすめのお店にいった。

確かに安い。ドブロにしては・・・。
いや、安いばかりでは意味が無い。料理はどうだ?

え?なべ・・・?

黒い鍋に入って出てきたシーフードリゾットはびっくりするぐらいまともだった。昨日のカレーもどきリゾットはなんだったんだ?味もきわめてまとも、っていうか美味。こりゃ客が来るわけだ。

すっかり満足して、ついでに「ロジャタ」というダルマチア風プリンまで食ってしまった。あ〜、こんなことなら毎食ここに来るんだったよ。

3.3度目の正直
  ゴランの店に行った。今日こそは何か買うぞ!
とか言いつつまた話し込むのであった。でもさすがに今日は話はほどほどにして、商談。

ゴランはシルク職人としても優秀な奥さんとかわいい娘さんと3人ぐらし。それに親戚なんかも加わって商売をやってるそうだ。子供がある程度大きくなって落ち着いたら、一度日本に行きたいと言っていた。

ゴランも戦争に行ってたそうだ。働き盛りの男はみんな戦場に駆り出されたんだろうと思う。スルジ山の残骸のことを言ったら、「来年には撤去される」と言っていた。戦争の記録として、撤去はちょっと残念な気もする。

最後に写真を撮って、握手して、いつもの一癖ある日本語を聞きながら店を後にした。
教会コンサートの会場
5.さらば、ドブロヴニク
  メシ時ぐらいまで、かろうじて曇りを保っていた空がついにこらえきれずにしずくをこぼし始めた。見る間に本降りに変わっていく。雨はもともと少ないダルマチア地方にてこの結末とは。

まぁでも旅もほどほどが一番。少しぐらい曇ったって、旅を通じていろんな人に出会ったし、大きなトラブルも無かったし、思ったところにもほぼ行けたし。

14時。時間が来た。最後は景気よくいくかとタクシーを頼んだ。聞いてた相場はえらく高かったが、最後なので良しとした。「しかし何でこんなに高いんだ?」答えは行けども行けども着かない状況が説明していた。あのぐらいの街にある空港にしてはやたらと遠かったよ。

さすがにヨーロッパに名だたる観光地だけあって、ヨーロッパ各地からこのちっぽけな空港に乗り入れてくる。僕の目指すウィーンまではわずか1時間程度の距離。土砂降りになった雨の中、飛行機は何事も無いかのように離陸を始め、そして飛び立っていった。
美味かったぞ

ゴランありがと

夕暮れのルジェ広場にて
オノフリオの噴水付近、結局初日が一番天気良かったねぇ。
クロアチア・スロヴェニア
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